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霊犬ジローの日記

愛したペットは死後も私のそばにいた


変わらぬ愛を説明しようとするジロー
何気ない日常の中にペットたちのメッセージが隠されている
大学教授が今も体験している本当のおはなし

ペットロスでもう苦しまないで。あなたの想いは通じる。心は通じる。
ただ、姿が見えないだけなのです。


浅野三平 著 初版 1999.04.02 改訂版 2002.07.08発行

ISBN 4-89295-487-X C0095 四六並製・256頁・定価 1650円(本体 1500円)

 

前書きにかえて

霊犬ジローの日記――ペットロスでもう苦しまないで。愛したペットは死後も私のそばにいた

 

 昨年の暮れ、浅野と名乗る読者から電話をいただいた。
「飼っていた犬に死なれて一年近くたつのですが、今も生前と同じように、私の周りにいて、ときどき、噛んだりするんです」
 なんとも妙な話である。死んでしまって肉体はないけれども、でも、いろいろな現象があって、今も楽しく過ごしているんです……と、その電話の相手は、うれしそうに大きな声で話している。
「まぁ、信じられないという人もいるかもしれませんが、本当なんですよ。日記風にそうしたさまざまな現象を記録しているのです。日頃、大学で『雨月物語』の霊妙な世界を研究していることもあり、ペットが死後も生きているといった本があってもいいのではないかと思いまして」
 出版の相談である。ペットロスで悩む人が増えている昨今、浅野氏にとってペットロスは関係ない。それよりも、生前の時とは異なるペットとの付き合いができるので、とても興奮しているといった風である。
 ペットに死なれて悲しむばかりでは、ペットも悲しいし、浮かばれないではないか……。どんな内容なのだろうかと、興味が湧いた。
「来年の一月二十五日が、愛犬の一周忌です。そのころに書き溜めた原稿を持って参上します」
 電話の向こうの声が、やけに元気がいい。そして、その二十五日が来た。約束通り浅野氏は、風呂敷包みに原稿を抱いて見えられた。机に広げられた原稿用紙の表題に、
『霊犬ジローの日記』
 と書かれてあった。それが、この作品である。
   

(編集子 敬白)


 

プロローグ

 平成十年一月二十五日(日曜日)、この日はボクにとって、もっとも記念すべき日となった。この世を去る日となったからである。
 母屋のすぐ東にある椿につながれていたボクは、明け方から鎖をジャラジャラさせてよく吠えた。母屋の二階に寝ていた親父は、北隣の家へ昨日引っ越してきた若夫婦と幼児が気になって、ボクが落ち着かないと考えていたらしい。
 この二、三日は雪も降り大変寒かった。この日も親父はいつものように朝八時から歯科コースを散歩してくれた。歯科コースというのは、近所の歯科医院の前を通ってコの字に戻ってくるので、このように称している。三百メートルほどの距離である。途中、何度も腰を落として用を足したいと意思表示をしたのに、親父は少し待っていてくれただけで、鎖を引っ張り帰ってきてしまった。寒いからと親父が出してくれたスープも飲む気がしなかった。
 散歩のあとは庭に放された。
「それっ、とってこい」
 親父が三十センチ足らずの棒を投げる。ボクは切り倒された檜の幹を跳んで追っかけた。もう六年も繰り返している。しかし今朝は、跳んで走った先でウロウロしていて、棒をくわえたものの戻っていかなかった。そのボクに業を煮やして親父が、
「怠け者」
 と怒鳴る。その後、彼は別の棒を二、三回投げてやめてしまった。犬の気持ちも、ボクの体の具合も知らないのである。
 親父は午前中は書庫で勉強をしている。彼は早野一平といい、都内の大学に勤めている。専門は日本近世史で、近ごろ但馬の庄屋記録を紹介したりして元気に仕事をしている。とても六十五歳とは見えない。髪は白いが顔に艶があり溌剌としている。声も大きく頑固者だ。午後になると母屋の和書を段ボール箱に詰めている。昨日も午後、書庫で本の整理をしているのを、ボクが庭からじっと見ていると、外へ出てきて頭をなでてくれやさしく言った。
「お別れだね。ジローもしっかりやれよ」
お別れ≠フ意味はよくわからないが、親父がこの家からどこかへ移転していくことだけは、ボクにもうすうす分かっていた。
 それは去年の暮れに運送会社の人がトラックで来て、荷造り用の段ボールを持ち込んだからだ。その時ボクは思い切り吠えた。番犬として許せなかったのだ。
「ジロー吠えるな!」
 親父が怒鳴ってもボクは吠え続けた。二人で来ながら、一人はボクの吠え方に恐れて、どうしても門の中へ入れなかったほどだ。この時ボクは本能的に、近いうちに異変があるのを察知した。
 お正月も無事に迎えて一ヶ月足らずのあいだ、運ばれてきた段ボール箱に親父はよく本を詰めていた。ボクの犬小屋のすぐ横が六畳の座敷で、大きな書棚が三つあり和書がびっしり積んである。和書というのは、江戸時代の写本や板本を言い、普通みられる活字の本とは全く違う。親父は和書のみを母屋に置き、その他の書籍はすべて書庫に入れていた。建坪十坪余りの書庫の二階には六畳の座敷があり、階下にはトイレ及びガス、水道付きのキッチンの設備もある。道路に面して入り口もあり、小さいながらまったく別の家なのだ。親父は母屋にある本を殆ど整理し、あと二、三の段ボール箱に本を収めれば引っ越しの準備は終わるらしい。
 朝の放し飼いは三十分ということになっているが、いつも二十分くらいでつながれてしまう。特に今日はなまけもの≠ニいうので、すぐ鎖をつけられてしまった。それからボクは庭に座り続けていた。午後二時すぎ苦しくなったボクは、いつもと違う「アーン、アーン」と、悲痛な声で吠えると、荷造りをやめて親父が家から出てきた。
「ジロー、どうした?」
 ボクは長い鎖を引っ張って、狭い庭を走り抜け自動車の下にもぐった。使用十年に近い国産のブルーバードである。
 心配している親父の前へ車の下から出てきて座る。彼をじっと見つめてからボクは、胃の中の物を吐き出してみせた。野菜とすじ肉である。「昨夜食べたものをもどしたのか。今朝は寒かったからな。それでジローの調子が悪いのだ」と親父が思ったのももっともで、この冬最低の零下二度の寒さであった。
「おーい、トッコ。ジローがおかしいよ」
 親父は母屋の二階にいる娘へ声をかける。
「猫を追っかけてるんでしょう」
 ボクが走り回る音から、ブロック塀の上を通る猫を、いつものように追っていると娘のトッコちゃんは考えたのだ。
「ジローが吐いたのだ」
「じゃあ、病院へ連れていったら」
「トッコが買った犬じゃないか。おまえ連れてけよ。……それに今日は日曜でやってないよ」
 ボクはつらかった。でも歯をくいしばって我慢した。一年に二回ぐらいはもどしていたものの、ボクは頑健な犬だった。四月始めの狂犬病の注射以外には、獣医の世話になったことがない。それはここの親父も同じで、お互いに頑固で頑丈なところが共通している。犬は飼い主に似るのだ。その親父も母屋に入ってしまい、最後の段ボール詰めに熱中している。
 きっかり午後三時になるとトッコちゃんが出てきて、椿の木から鎖を外してボクに聞いた。
「ジロー、散歩にいくか?」
 ここの娘徳子は、愛称をトッコといい、食べすぎで太っているが可愛い女性で、芳紀まさに二十四歳である。彼女は強度の近視なので、いつも分厚い眼鏡をかけている。軽い障害と積年の持病のために高校も二年で中退し、近所の作業所へ通っている。
 昨日の土曜日も、三時から歯科コースを二回も散歩してくれたので、当然ボクも行こうと思って立ち上った。けれども、すぐへなへなと座り込んでしまった。
「お父さん、ジロー行きたがらない。座ってしまったよ」
 トッコちゃんは母屋へ戻ってしまった。親父は本の荷造りに懸命である。
 しばらくして、すべての荷造りを終えて親父が庭へ出てきた。そこで、玄関の方へ顔を向けて横倒しになっているボクを発見し、びっくりした。じっとみて、「これはいけない」と思ったらしい。
「トッコ! ジローが死ぬ。早く降りておいで」
 二階のトッコちゃんを大声で呼ぶ。少し間を置いてから、昼寝していたらしいトッコちゃんが庭へ出てきた。玄関近くに横倒しのボクの姿を見て、彼女も仰天した。二人とも病院を思いだすどころではない。目の前で「ぜいぜい」と、断末魔に近い呼吸をしているボクを見守るばかりである。四、五分もしてから、
「拝んでやれ」
 親父が小さな声でトッコちゃんにいい、父娘が心から合掌してくれた。  ボクは横倒しになったまま細い目でじっとみると、親父とトッコちゃんが手を合わせて祈っていてくれる。一瞬、苦痛もなく嬉しくなって、にこっとした途端、ガクッと頭を垂れて永遠にボクの肉体は動かなくなったのである。
 すぐトッコちゃんはボクの手(前足)を握りに駆け寄り、親父は母屋へ入って時間を確認しに行った。午後三時五十六分であった。

 

目 次

 

  プロローグ

第一章 幼犬時代
    1 出会い (一ヶ月)
    2 長月 (一ヶ月半)
    3 続長月 (二ヶ月)
    4 神無月 (三ヶ月)
    5 霜月 (四ヶ月)
    6 師走 (五ヶ月)
    7 睦月 (六ヶ月)
    8 如月 (七ヶ月)
    9 弥生 (八ヶ月)
    10 卯月 (九ヶ月)
    11 皐月 (十ヶ月)
    12 水無月 (十一ヶ月)
    13 文月 (一歳)
    14 葉月 (一歳一ヶ月)

第二章 成犬時代
    1 再びの九月 (一歳二ヶ月)
    2 申歳の秋 (一歳四ヶ月)
    3 申歳の十二月 (一歳五ヶ月)
    4 酉歳の正月 (一歳六ヶ月)
    5 酉歳の春 (一歳八ヶ月)
    6 酉歳の四、五月 (一歳十ヶ月)
    7 酉歳の夏 (一歳十一ヶ月)
    8 酉歳の八、九月 (二歳一ヶ月)
    9 酉歳の秋 (二歳三ヶ月)
    10 戌歳の正月 (二歳六ヶ月)
    11 戌歳の二、三月 (二歳八ヶ月)
    12 戌歳の九ヶ月 (三歳)
    13 亥歳の前半 (三歳六ヶ月)
    14 亥歳の後半 (四歳)
    15 子歳 (五歳)
    16 丑歳 (六歳)
    17 寅歳 (六歳六ヶ月)

第三章 霊犬時代
    1 初春月 (死後一週間)
    2 初花月 (死後一ヶ月)
    3 花見月 (死後一ヶ月)
    4 桜月 (死後二ヶ月)
    5 湯河原への旅(死後二ヶ月)
    6 卯花月(1) (死後二ヶ月)
    7 卯花月(2) (死後二ヶ月)
    8 卯花月(3) (死後二ヶ月)
    9 卯花月(4) (死後三ヶ月)
    10 早苗月 (死後四ヶ月)
    11 早苗から常夏へ(死後四ヶ月)
    12 北軽井沢 (死後五ヶ月)
    13 棚機月 (死後六ヶ月)
    14 月見月 (死後七ヶ月)
    15 紅葉月 (死後八ヶ月)
    16 時雨月 (死後九ヶ月)
    17 霜降月 (死後十ヶ月)
    18 春待月 (死後十一ヶ月)

  エピローグ

 

 

エピローグ

 平成十一年一月二十五日(月曜日)いうまでもなくボクの死後一周年に当たる日だ。一年前は大雪の残りがそこかしこに見られたが、今日は朝から冷雨がしきりに降っている。 昨夜から大泉学園の書庫に泊っていた親父が、七時前に朝刊を取りに庭へ出たトッコちゃんに声をかけた。
「トッコ! 八時がジローの墓参りだよ」
「分かっている」
 彼女が答えた。この会話通り父娘は八時からボクの墓に詣でてくれた。ボクも墓の枯れ枝の先を噛んでおいた。そこだけ白いのですぐ分かる。親父は傘を墓全体にさしかけ、自分も別の傘をさして、赤い瓦のかけらを墓前に置いた。ボクの後足が埋まっているすぐ近くだった。
 その瓦の破片に蝋燭を立て、数本の線香に火をつけて置いた。傍の山吹きはすっかり雨に濡れていた。しかし、固い芽の青々とした茎を何本も伸ばして、ボクの墓を半ば蔽っていた。線香が薫り白い煙や赤い炎が、傘の下の狭い空間を色どっている。トッコちゃんも来て拝んでくれる。一瞬だがボクの墓も神神しく感じられた。
 雨の中、トッコちゃんを作業所へ送って行ってから戻ってくると、蝋燭はすでに消えていた。墓にたてかけてあった傘を片付けてから、親父が再び拝んでくれ、こう言った。
「ジロー、あっちでも元気でおれよ」
 そういえば、トッコちゃんの祈りの言葉も「元気でね」であった。ボクは墓に向って話す人間の言葉には関心があった。それは嘘を言っていないからだ。
 麹町のマンションへ帰ってからも、親父は奥の間の仏壇に菊花を供え、蝋燭をともし線香を立てて祈った。
「今日は飼い犬のジローの一周忌です。どうか早野家代々の御霊よ。ジローを導いてやってください。力をつけてやってください」
 ボクの肉体が動かなくなってから、十二ヶ月も経過したなんて嘘のようだ。ボクには死んだという実感はまるでない。手足こそないが、物を噛み、かじり、食物を摂取出来るのだ。噛む対象は木や革が多い。それは幼犬のころと全く同じだ。八年ほど前に生まれてから、成犬になるまでの一年間に、ボクの肉体はめざましく発達した。それに比べると死後は、一年経ってもあまり変化が見られない。去年の二月十日に復活≠オてからのボクは、肉体が健全であった時の動作、即ち噛む、かじる、ひっかくを繰り返し、そのほか線をひいたりして、いたずらを続けてきた。
 去年のいたずらはこれ迄に事細かく記しているので、新しく一月の日記から二、三日分を抜き出してみよう。

 十一日(月)昨夜大泉学園の書庫に泊り、今朝トッコちゃんを親父と作業所へ送った。
「ジローの誕生日は七月十八日ね」
 トッコちゃんが父親に念を押している。ボクが見えなくても誕生日に何か買ってくれるのかな。親父が言った。
「それより死んでから一年に近い。もうすぐ一周忌だよ」
 十二日(火)このごろ親父は卒業論文ばかり読んでいる。そこでボクはワープロで打たれた論文の文字に「−」「・」などと赤い線や丸をつけた。親父が言った。
「ジロー、元気なことは分かっているから止めよ」
 提出された論文に僅かでも赤く色がつくのは困るのだ。それでもボクはその論文の終りの方にも、青い線と青い点を書いてやった。「赤も青も自由自在だ」というメッセージだ。
 夕方入浴直前の親父の右腿に、六センチほどのひっかき傷をつける。親父が湯船に沈むと細くて赤い線が浮かびあがった。いささか芸術的ですらある。
 夕食にあたたかいサーモンを一切れくれた。お返しにガラス机に黒粒を二つ落としてやった。
 十三日(水)親父が大学へ出かけた。もちろんボクもついて行った。
 彼は六階の小教室で大学院の試験を実施した。黒板に書かれた問題は「平田篤胤の幽界研究の方法を論評せよ」という、かなりむずかしいものだった。六名ほどの院生が熱心に答案を書いている。ボクが机をひっかき回しはしないかと、はらはらしている親父の気持ちを汲んで、初めの間はおとなしくしていた。
 無事にテストが終り答案を回収してから、親父が一枚の写真を院生たちに見せた。
「これですよ」
 院生の一人が言う。
「柴犬」
 もう一人が言った。
「試験なので、おとなしくしていてくれたのですね」
 親父が説明した。
「去年の一月二十五日に死にました。四月初めはどうなることやらと心配していましたが、だんだん良くなってきました。それでも大教室は大変なんですけれどね」
 試験中、教室の奥にあった大きな書棚の下の板を、ボクがひっかいて遊んでいたのを親父のみが知っていた。

 三日分の日記をうつしている内に夕闇が迫っていた。大泉学園に比べて、ビルに囲まれたマンションの夕暮れには、風情というものがない。そのうち親父が風呂に入った。湯につかっている親父の左腕の関節あたりをひっかいてやった。「チクッ」とわずかな痛みを感じて親父は腕を見た。みるみるうちに赤い線が湯の中に浮かぶ、Nに近い三本の線だ。以前胸につけた傷と同じ文字だ。
「ジローか」
 親父が聞く。「ここにいるんだな」と、右腕でボクの頭を撫でてくれた。 「力をつけよ」という親父の希望にそってメッセージを送ったのだ。去年のようなひどい傷ではない。一日もすれば消える程度のものだ。ボクにとっての一周年記念でもある。

 これからもボクへの供養があり、早野父娘の熱い思いが続く限り、ボクは永遠に生き、彼等の周辺に常に存在しているだろう。
 すでに江戸時代に本居宣長が言っている。
「大自然の理というものは霊妙なものであって、人間の小智では測り知ることが出来ない。人間が分かることは、せいぜい百分の一にも及ばない」
 同様に平田篤胤も述べている。
「千人の人間の智恵を集めても、はかり知れないのが不思議な神の力である」
 今の人間には、この大宇宙を創造した造物主の、はかり知れない力など想像出来ないのではないか。人間ですらこの程度だから、犬のボクはなおさらのことだ。肉体がなくなり霊体になっていることすら、ボクには未だよく分かっていない。このまま何も悟らずに終るのかも知れない。

 

改訂版あとがき

 改訂版の上梓に当たって、本書への批評やらその後のジローの様子などを記し、あとがきとしたい。
『霊犬ジローの日記』が世に出てから三年あまり経った。書店に出た直後から、かなりの反響が読者からあった。「感動した」「面白かった」という肯定的なものが九〇パーセント、あとの一〇パーセントが「嘘八百を書くな」とか「すべて空想で書いたのだろう」という類の否定的なものであった。
 同じ本でありながら読む人により、受け取め方が実にさまざまなのだ。「夏目漱石の『我が輩は猫である』よりいい」との過大評価もあれば、「つまらない内容なのに高価すぎる」という叱責もある。それらのなかで妥当と思われるものに、『トンデモ本の世界R』(二〇〇一年太田出版)に載った植木不等式氏の書評がある。サブ・タイトルの「『ロダンのココロ』おばけバージョン」が少しひっかかるが、おおよそは著者から見ても納得できるものであった。
 しかし、著者にとって何より嬉しいのは、ジローを愛してくれる人々だ。例えば、二匹以上の犬を飼ったことのある愛犬家から「ジローちゃんは幸せな犬だと思います」という言葉や、ジローの命日に二回続けて彼の好物である、メロンをおくってくださった婦人の優しさなどである。
 なかには「鎖に繋がれたままで可愛そうだ」と、ジローに同情される方もいたが、都が犬の放し飼いを禁じていることを知らない地方の人が多かった。いろいろな読者からの便りのなかに、心理学の専門家から「霊犬は当家にも居る」と、マルチーズの死後を知らせていただいて、わが意を強くしたこともある。
 さて、早野家のジローはその後どうなっているのか。
 ジローが埋葬されてから四年五ヶ月にもなろうとしている。しかし彼は、まだ生きている。こう書くと「証拠を示せ」と、おおかたの人は言うに違いない。霊的エネルギーは、普通の人に見えはしない。犬の臭覚が人間の七〇〇〇倍も鋭いとして、逆に人間が七〇〇〇倍もの視力を持ったことにして、このことを想像してみたらよい。大抵のものが見えるはずだ。
 人間は知らないことや理解出来ないことを、超自然とか超能力などの表現で誤魔化し、さも別世界のことであり、自分たちとは関係がないように振る舞っている。超とつくものは、この宇宙には本来存在しない。すべては創造主、つまり大自然のなせるわざである。懸命に努力を続ければ、いずれ人間にもその幾分かが理解出来るようになるに違いない。
 見えない世界にいるジローは、今でも早野父娘に接触してきている。四年も経てば、ひっかいたり噛んだりする力が、さすがに弱くなっている。その典型的なのが絨毯の噛み方だ。あちらへ行ってからしばらくの間、ジローは大変元気で、ひどい咬み傷をたくさんつけていた。今は小さな咬みあとが一つしかできない。日記に書かれていたようにジローは、父娘とともに伊豆や信州の温泉はもちろんのこと、外国へも付いて来ている。それは四年間ほとんど変わっていない。
 ただ一つ変わったものがある。嘗て日記で「黒い糞」と表現したものが、現在は「白い糞」となって、見えない体からジローが排出していることだ。見えない世界からの唯一の伝達物であるこの物質を、しかるべき機関で近い将来分析して貰い、その特性を解明したいと筆者は思っている。
 最後に、ジローへの言葉を記したい。
「ジローよ。親父もあと一〇年ほどでそちらに行くだろう。それまで元気で待っていてくれよ」

平成十四年初夏 著者

 

著者紹介

■ 浅野三平(あさの さんぺい) ■

 

文学博士・日本女子大名誉教授
『雨月物語』に関する著書多数。
『新潮日本古典集成雨月物語癇癖談』(新潮社)
『全対訳日本古典新書 春雨物語』(創英社)
『上田秋成の研究』(桜楓社)

 

読者の声

 

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