犬本・読書感想文 優秀賞

「名優犬トリス」

樺澤 かおり (京都府京都市 30才)


 私がトリスと出会ったのは小学生の頃だった。ぶちの子犬が京都の町を歩いてゆく。カメラはただその姿を追う。余計なナレーションの無い静かなCMは、ラストに洋酒のものと表示されるまでは何のCMかわからなかったが、美しく切なく、とても印象深かった。テレビで流されるごとに家族全員の目が画面に釘付けになった。――あまりにも犬が可愛くて。今のようにビデオデッキが出回っていなかったので、その映像をとどめておくことができずに月日は流れた。
 そして思い出の犬と、書店で再会することになる。私は大人になっていたが、表紙の犬「トリス」はあの頃のまま、懐かしくいとおしく、子供向けの本ではあったが迷わず「私の本」にした。「トリス」の一人(犬?)称で物語は語られる。そして知った、生後すぐに捨てられたこと、運良く助かってCMに出演したこと、用済みになり再び捨てられかけたところである人の家族になったこと…。子犬の叫びが聞こえてくる。「僕どうなるの?」
 だが幸いなことに、大きくなったトリスをもらい受けた人の家族はこんな声を耳にできる人たちだった。血統書など無くても、大切に愛情深く接することのできる人たちであった。特に、近所の子に「犬のマドンナ」と評されたこの家のお母さんは、犬のトリスに人間の言葉で色々なことを教えた。トリスはきっと理解していたに違いない。心がつながっているものの間で、属している種や言葉の違いが何になろう。
 魂と魂で会話ができること、それが何よりも大事だからだ。
 物語はトリスのCMがカンヌ国際映画祭の広告部門で金賞を受賞し、そのお祝いの席の場面で終幕となる。舞台を降りたトリスは深い深い愛情に守られ、幸せにこの世を去っていったそうだ。そのことが何より嬉しい。
 現在「トリス」には京都の大山崎に行けば会える。サントリー大山崎蒸留所にある博物館のビデオライブラリーの中で、トリスはころころと動き回っている。私が初めて出会ったときのように。
 捨てられていたが運良く幸せになった犬の話はたまに聞く。だがいつまで「幸運に」という肩書きがついてまわるのだろう。幸せになる権利は命一つ一つが平等に持っていると思うのに。どうか、トリスになれなかった他のたくさんの犬たちのことも忘れないでいて欲しい。
 そして不幸な動物が増えないようにと祈らずにはいられない。捨て犬出身だが幸運の子、ということでもてはやされない世の中が来るように、と。

読書感想文 受賞者一覧


 


ハート出版