読売新聞広島版 2002.09.02

馬頭琴 天国に響け

教え子夢見た演奏会が実現

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 馬頭琴の繊細で伸びやかな音色がホールに響き渡った。8月23日、広島県福山市東部市民センターで行われた「馬頭琴&読み語りコンサート」。真っ赤な民族衣装に身を包んだモンゴル文化芸術功労者ツェレンドルジさん(62)と息子のソヨルエルデネさん(21)の熱演を舞台の袖で見る広島市立中野小の養護教諭鎌田俊三さん(48)は、「聴こえるかい、やっちゃん」と心の中で繰り返していた。
「やっちゃん」こと柳泰司さん。モンゴルに行く夢を果たせぬまま不慮の事故で亡くなった福山市の県立児童福祉施設「福山若草園」時代の鎌田さんの教え子だ。
 きっかけはモンゴル民話「スーホの白い馬」。少年スーホが、矢を射られて命尽きた白馬をしのんで骨や毛で馬頭琴を作ったという切ない物語。1980年、鎌田さんが園生たちに読み聞かせたとき、一番夢中になったのがやっちゃんだった。頑張り屋で人気者。園が中学校の文化祭でこの物語の影絵劇を上演した時、不自由な手足を精いっぱい動かして白馬役をこなした。
「先生、モンゴルに行ったら白馬に会えるかな。馬頭琴聴けるかな」「いつか連れて行ってやるぞ」
 だが、転勤し廿日市市内で働いていた93年11月、訃報が届いた。「そろそろ旅行を」と考えていた矢先だった。
 2000年7月、鎌田さんはモンゴルの地を踏みしめた。「やって来たよ」。持参した写真に語りかけながら過ごした一週間。民族衣装で白馬に乗り、草原に寝転がって……。馬頭琴は「次に来た時の楽しみに」と思っていたが〈奇跡〉が待っていた。
 偶然にも通訳の父がツェレンドルジさんだった。話を聞いて、草原で演奏してくれたのだ。柔らかな音色が青空に吸い込まれていく。「約束が全部かなった」。涙がとまらなかった。
 驚きには続きがあった。今年初め、ツェレンドルジさんから「福山でも演奏会を」との申し出が来て、コンサートが決まった。
 二度のステージで客席を埋めた計800人は皆、広い草原を悠々と駆ける馬の姿を思い描いたはずだ。「やっちゃんがほほ笑みかけているみたい」。鳴りやまない拍手の中、聴衆たちは口々に言った。「彼の生きた証を残そうと、心を込めて弾きました」とツェレンドルジさんも満足そうだ。
「やっちゃんがそばにいる気がして……。夢がまた一つかなったね」。鎌田さんの笑顔には、くっきりと涙の後が残っていた。
(佐々木 栄)

遺影を抱いて演奏に聴き入ったやちゃんの父柳正範さん(74)
「泰司は、家でも鎌田先生とモンゴルに行きたいと楽しそうに話していました。曲の間の鎌田先生の語りに、泰司が笑顔で応えているような気がして、胸がいっぱいになりました」


 


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