囚われの楽園

脱北医師が見たありのままの北朝鮮

李 泰炅 著 川﨑 孝雄 訳 荒木 和博 解説 2023.07.20 発行
ISBN 978-4-8024-0158-6 C0030 244ページ 定価 1650円(本体 1500円)

金日成の死後、北朝鮮は9億ドルを投入し遺体を永久保存にした一方で、
人民は配給も断たれ、最大見積で300万人が餓死した──。
「心の故郷・日本」──北朝鮮の深刻な独裁の中で、
一時も忘れられなかった場所は日本だった。

パンチョッパリ
「半日本人野郎」──日本からの帰国者はこう呼ばれて蔑まれた。
思考停止する快感──自分の頭で考え、少しでも創意性を持って動けば批判を受ける。
「北朝鮮の人々の最も不幸なことは、自分たちが不幸だということを知らないこと」

「解説」より抜粋

囚われの楽園

本書の著者・李泰炅氏は在日出身の脱北者であり、ここに書かれているのはその半生です。
私が本書を読んでまず感じたのは「日本」でした。朝鮮半島への玄関口下関で生まれ育ち、親とともに北朝鮮に渡ってからも著者やその家族の心には常に日本がありました。
一章と二章では日本時代の、ある意味牧歌的な時代が描かれています。そして帰還事業で北朝鮮に渡ってから五十六年後に著者は再び日本を訪れるのですが、その場面は本書の終わりに近い十二章に描かれています。どちらからも筆者の日本への思いがひしひしと伝わってきます。
お父さんが北朝鮮への帰還に断固として反対していれば著者の人生も大きく変わっていたでしょう。そのまま日本に残っていれば逆に「日本」を意識することはあまりなかったかも知れません。それは著者に限らず帰還事業で北朝鮮に渡った在日の多くも同様だったのではないでしょうか。
あらためて思うのですが、帰還事業が始まった当時、民団を中心として一部にそれを阻止しようとする動きがありました。当時は自民党から共産党まで、マスコミもこぞって帰還事業に賛成する中で、反対運動はおそらく「極右」とか「李承晩の手先」とか言われたのではないでしょうか。そして実際ほとんど成功しなかった訳ですが、もしこの運動で帰還事業が中止されていれば、今考えるとそれは大変な「人道的措置」であったと思います。もちろん死んだ子の年を数えるようなものなのですが。

援助をすればその一部でも苦しんでいる人に届くだろうというのは幻想、というより偽善です。結果的に援助はあの体制を延命させ、さらに人民に苦しみを強いることになる、本書に描かれた光景はそれを訴えています。
著者はKBS(韓国放送公社・日本のNHKに該当)の対北放送を聞き、様々な情報を得ました。そしてそれが一つの動機になって北朝鮮を脱出します。中国を縦断し、途中一緒に脱北した息子さんと別れてミャンマーに入り、そこで逮捕されて留置所、さらに刑務所に送られます。釈放され韓国に入国したのは二〇〇九年三月のことでした。
その後の記述では韓国の印象、そして韓国から「母国」日本に行った話が綴られますが、この内容もまた非常に興味深いものがあります。韓国の親北勢力が騒ぐ反日と、著者が日本を訪れたときの印象の違いは今の韓国における反日を考える上でも意味のあるものではないでしょうか。
本書は著者・李泰炅氏個人の半生の記録としても大変価値あるものだと思います。しかし、私たちはこれを「大変だったなあ」「北朝鮮の人たちは可哀想だなあ」というセンチメンタルな思いで終わらせてはならないのではないでしょうか。
書いたように在日の帰国者で軍に入隊し、医大に進学し、病院長まで務めたのはかなり成功した方だと言えるでしょう。その人の視点で見てきた北朝鮮は、私たちが北朝鮮に対するとき、重要な参考書となると思います。
結局あの体制が変わらない限り著者が見てきた北朝鮮が引き継がれ、第二、第三の李泰炅が苦難の人生を歩むことになるのではないでしょうか。そうしないために、読者の皆さんが本書から北朝鮮という国家の本質を知っていただくことを期待するものです。


荒木 和博(特定失踪者問題調査会代表・拓殖大学海外事情研究所教授)

目次


はじめに

第一章 在日コリアン二世
山口県下関市東大和町一丁目
下関朝鮮初中級学校
焼肉屋で成功した両親
「十対一」で懐柔された父
「帰国実現デモ」とあんこ餅
第二章 最後の自由
北送準備
船の汽笛
地獄行トボリスク号
第三章 話では「楽園」実際は「地獄」
「これウンチだ」
「おまえたち、これから苦労の始まりだ」
在日同胞と原住民
「臭い」との闘い
第四章 人民共和国公民になるまで
後進国生活に慣らされた私たち
成分洗濯
地方と平壌との配給の違い
配達されなかった手紙
不満をこらえることが共産主義
第五章 差別と監視
死んでも出られない政治犯収容所
マル反動
犯罪捜査用の頭髪と筆跡
監視された代償で労働党員になった
第六章 適者生存
板門店斧蛮行事件
P医科大学
「カラスはカラス同士」
第七章 北朝鮮の独裁体験
独裁者の死は人民の幸福
集団催眠と感情統制
人を陥れなければ自分が生きられない国
第八章 脱北医師が見た北朝鮮の医療の実態
「無償医療」の虚構
医療モラルの崩壊
「苦難の行軍」と餓死者
ユニセフ検閲員を煙に巻く外交政策
第九章 脱北決意
KBS社会教育放送
母の願い
二十六年間待った機会
第十章 自由を探して彷徨う二カ月間
鴨緑江を渡る
失敗は「死」だ
鎖骨を骨折
金日成の顔を踏みつける
教会で門前払いの日々
「悪徳ブローカー」アン・チャンス
新ルート開拓のモルモット
第十一章 ミャンマーでの日々
行先はミャンマー
手錠の重さ
私は亡命者であり、難民であり、帰還者だ
虫けらのような生活
ヤンゴンへ移送
ヤンゴン・インセイン刑務所
念願の韓国へ
第十二章 希望の地で
志を貫けば必ず成就する
韓国の親戚たち
私は韓国年齢一歳
妻と娘の脱北
五十六年ぶりの母国訪問
障害者の人権がない北朝鮮
文在寅は北朝鮮のスパイ?
脱北者強制送還事件
根性ある尹錫悦大統領

おわりに
解説 荒木和博



 

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