読売新聞大阪版 2002.01.19,20 「泉」

「モンゴルで馬頭琴聴く夢」
「遺影抱き大草原の演奏会」より

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スーホの白い馬に会ったよ

「スーホの白い馬」という話をご存じですか。仲良しの白い馬を殺された少年スーホが、亡き馬の毛や骨で馬頭琴という楽器をつくり、奏でて忍ぶ。そんな、少年と馬の友情を描いた有名なモンゴルの民話です。
広島市内の小学校で障害児学級を受け持つ鎌田俊三先生(47)は、この民話に特別な思いがあります。「〈やっちゃん〉との20年越しの約束が果たせました」とのお便りが届きました。
鎌田先生が広島県内の肢体不自由児施設で教べんをとっていた1981年。生徒らが「スーホの白い馬」を影絵劇に仕立て、中学校の文化祭で披露しました。
その時、白い馬の役だったのが中学2年の〈やっちゃん〉でした。動きにくい手で必死に影絵の人形を操り、不自由な言葉ながら「スーホ、そんなに悲しまないでください」というセリフもちゃんとこなしました。
鎌田先生と〈やっちゃん〉に同じ夢ができました。「モンゴルの大草原で白い馬に乗り、馬頭琴の演奏を聴く」。翌年、転勤で施設を去る先生に、〈やっちゃん〉は自分の声を吹き込んだテープを贈りました。
「いつか、先生と一緒にモンゴルに行くのを楽しみにしています」
その〈やっちゃん〉の死を鎌田先生が耳にしたのは93年秋。別の施設で全身に大やけどを負い、27歳の生涯を閉じたというのです。
鎌田先生は悲しみのどん底に落とされました。
先生は訃報に衝撃を受けながらも、彼との約束を思い出しました。「一緒にモンゴルで白い馬に乗り、馬頭琴を聴こう」
自分一人でも現地に行って、約束を果たしたい──。しかし、そう思うたびに、懸命に生きた教え子の姿がまぶたに浮かび、やりきれなさが募ったのです。
心の整理がつかないままだったある日。鎌田先生がラジオ番組に当初した〈やっちゃん〉たちとの思い出が朗読されました。バックは、彼らが必死に演じた影絵劇で流れた、あの馬頭琴の調べ。「モンゴルに行こう」。迷いは晴れました。
2000年夏、鎌田先生は〈やっちゃん〉の写真とともにモンゴルの大地を踏みしめました。遊牧民の家族に〈やっちゃん〉の話をすると、本物の白い馬を連れてきて乗せてくれました。通訳の女性の父親と弟が馬頭琴の奏者で大草原の演奏会も体験できました。
鎌田先生は〈やっちゃん〉との思い出を童話風にまとめ、「スーホの白い馬に会ったよ」と題して出版しました。「売上金で基金を作り、モンゴルの子らのために翻訳したりするのに役立てたい」と言います。

 


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