近世日本は超大国だった

強く美しい日本の再生復活を阻む「三つの壁」

草間 洋一 著 2020.03.22 発行
ISBN 978-4-8024-0091-6 C0021 四六並製 256ページ 定価 1650 円(本体 1500円)

「おわりに」より抜粋

近世日本は超大国だった

もう、ひと昔も前になるが、国民作家と謳われた司馬遼太郎の代表作の一つ「坂の上の雲」を、NHKは三年間にわたる大型のスペシャルドラマに仕立てて、多くの日本人をテレビの前に釘付けにした。渡辺謙による名調子の冒頭ナレーションは、とりわけ印象深いものだった。
「まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている。小さなといえば、明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。産業といえば農業しかなく、人材といえば三百年の間、読書階級であった旧士族しかなかった。…」
膨大な資料に当たっていた博覧強記の司馬遼太郎は、承知の上で文学的レトリックとしてこのように書いたのであろうが、歴史事実に照らしてみるとき、この冒頭部分は明らかに「フェイク・ストーリー」「フェイク・ヒストリー」と言わねばならない。
確かに日本は、産業革命も中央集権的な国民国家の形成も、西欧列強に遅れをとった。海外植民地からの収奪・搾取で国を富ますこともしなかった。
しかし、我が日本は、決して小さな国ではなかった。産業も、農業しかなかったわけではなく、全国各地に立派な地場産業が栄えていた。大阪の堂島米会所は世界初の先物取引場として賑わっていた。人材に関しても、三百年の間、旧士族しかいなかったわけでは決してなかった。
戦後、反日左翼の歴史家や日教組の教師たちは、GHQの醜悪なプロパガンダである東京裁判史観の“宣教師”となって、日本人に戦争の贖罪意識と民族的劣等感をいだかせる自虐史観を刷り込んできた。
昭和十三年(一九三八)生まれの筆者は、国民学校一年生のときに終戦を迎え、中学・高校で日本の近現代史を、概要次のように教えられた。
「日本は、狭い国土の割に人口が多く資源も乏しかったから、明治時代から絶えず近隣諸国を侵略してきた。鎖国体制下の江戸時代は、倭寇や秀吉の朝鮮出兵のような対外侵略戦争こそ起こさなかったが、士農工商の階級制度のもと、圧倒的多数の農民たちは、帝政ロシアの農奴のように土地に縛り付けられ、領主や地主たちの過酷な搾取と弾圧にあえぎ、貧しく非文化的な生活を余儀なくされていた。こんな封建制度の時代が長く続いたため、日本人は自律性や自我の発達が遅れ、その結果、太平洋戦争という侵略戦争に盲目的に従うことになった。しかし、敗戦によって軍国主義から解放された日本人は、初めて素晴らしい民主主義と自由を知った」
なんと、このようなデタラメを教えられたのである。今でも、『新しい歴史教科書』などを除く大半の歴史教科書は、同じようなトーンである。
「坂の上の雲」の出だしに、ほとんどの人たちが違和感を抱かなかったのは、そのせいではなかろうか。
ちなみに、優れたストーリー・テラーであった司馬遼太郎は、歴史上の人物を虚実皮膜の間で魅力的に描いてみせ、押しも押されもせぬ国民作家としての名声を博したわけだが、ファクトに基づく歴史と歴史認識に関しては、問題があまりにも多い。実証性を欠いた、恣意的としか言えないような“司馬史観”なるものを指摘せざるを得ないのだ。
例えば、韓国・朝鮮には半万年の歴史があり、日本文明のルーツは全てシナ大陸と朝鮮半島にあり、日本の歴史は半島経由で弥生人がもたらした水稲耕作と鉄器からはじまる、という。また、朝鮮人と日本人は元々人種的にも民族的にも同じ、と説いている。だが、こうした説は、近年の分子人類学、遺伝子工学、形態人類学、言語学、日本・シナ・朝鮮の史書、考古学等の成果を踏まえると、どう考えても“妄説”としか言いようのないものだ。
司馬史観の誤りは古代史や近世史だけではない。昭和のシナ大陸での在留邦人保護および日本の権益を守る戦い、無主の地・満洲に日本国家の防衛線として、また「五族協和」の理想郷として建国した満洲国、東南アジアでの植民地解放戦争も全て、関東軍・日本陸軍の暴走・侵略としてとらえる司馬の現代史観は、まさに東京裁判史観と符合する。
ともあれ、日本民族と先人たちを貶めるようなフェイク・ヒストリーは看過できない。
なぜなら、こうした“史観”からは、現在の日本が置かれている国家的、民族的、文明史的危機の状況は見えてこないからだ。
戦後体制を脱却できなければ、間違いなく日本は滅びるだろう。
日本の再生復活の前に立ち塞がる「三つの壁」について、ここでも確認しておきたい。その第一の壁は、大東亜戦争の戦勝国と反日国家、これらの走狗となっている国内の反日売国勢力によって捏造された歴史の壁。第二の壁は、第一の壁と表裏一体のもので、戦後体制を固定化することで日本の自主独立を阻んでいる護憲左翼と拝米・媚中エセ保守らの思考停止の愚者の壁。そしてもう一つの壁は、日本文明を破壊しながら飽くなき収奪を図る、強大な国際金融資本のグローバリズムの壁である。
本書は、こうした危機意識のもと、日本民族、日本文化、日本文明、日本国家の成り立ちとその構造を文明工学的に論究しながら、日本の再生復活の方途を探ったものである。



目次


 はじめに

序章 亡国の「モリオリ症候群」
“ダチョウの平和”を地でいって絶滅したモリオリ族
許しがたい確信犯的“モリオリ症候群”患者
「平和を愛する諸国民」とは、なんというブラックユーモアか
一億人以上を粛清、虐殺、餓死させた共産主義革命
戦後日本の「三分の一国家」さえ瀕死状態
戦後レジームとは、日本人を囲い込んでいるサファリパークのこと
“目覚めぬ獅子”は獅子に非ず

第一章 日本の再生復活を阻む三つの壁
日本とは何か
祖国日本の再生復活を阻む三つの壁
混沌たる二十一世紀
アメリカの“核の傘”は虚構
迫り来る国家存亡の危機

第二章 日本は独力で超大国と戦ってきた唯一の国
捏造された歴史の壁
超大国「元」の侵略軍を撃退した鎌倉武士団
老大国「清」を降した新生国民国家の日本
白人キリスト教文明の不敗神話を打ち砕いた日露戦争
人種差別に反対した日本、人種差別を続けたアメリカ
ソ連のスパイに囲まれていたルーズベルト大統領
敗れはしたが植民地解放をもたらした大東亜戦争

第三章 三島由紀夫はなぜ自刃せざるを得なかったのか
文化大革命で危機感を深めた三島
「あとにつづく者」たらんとした三島
三島の自刃は「壁」の前での“憤死”だった
三島の亡霊が川端康成を死に誘った!?
「壁」の前で疲れ果て、自死を選んだ江藤淳と西部邁

第四章 戦後日本の対米隷属経済の実相
GHQによる経済民主化の真の狙いは、日本の弱体化
誇りなき商人国家への道を方向づけた吉田茂
日米貿易摩擦とプラザ合意
アメリカの都合で変えられる日本の経済構造
日本はアメリカの金融奴隷なのか
換金できない米国債を一二〇兆円もかかえる日本政府
TPPの受益者は強大な国際金融資本
TPPは亡国への経済システム

第五章 日出ずる国・日本は人類文明発祥の地
大東亜戦争は二十世紀最大の“文明の衝突”であった
日本では神々も労働を厭わなかった
人類の文明は縄文文明からはじまる
アフリカを出た人類は“日出ずる地”を目指し、日本列島に到達した
日本は縄文時代から技術大国だった
神道的な汎神的世界観が形成された縄文時代

第六章 日本文明の強さの秘密
東アジア文化圏の中心に位置する日本
神仏一如こそ日本文明の強さ
江戸時代、日本は鎖国で何もせず内にこもっていたわけではない
日本の征服は不可能と見ていた西洋諸国
中・近世の軍事封建制度の文明史的役割は大きかった

第七章 近世日本は超大国だった
世界に先駆け火縄銃の大量生産に成功した日本
戦争革命を主導した織田信長
軍事超大国であった日本
秀吉の明征服構想は“第二の元寇”を未然に防ぐためでもあった
近世日本は世界に誇る経済大国
豊かな日本に“鎖国”などなかった
近世日本の経済発展に寄与した参勤交代制度

第八章 江戸時代の日本は誇るべき文化先進国
左翼史家の貧農史観は的はずれ
ヨーロッパよりも自由で幸福そうな農民たち
世界に誇れる円熟の江戸文化
仏教的職業倫理を説いた鈴木正三
神・仏・儒の教えで心を磨けと説いた石田梅岩
世界に先駆け企業の社会的責任を実践した近江商人
江戸時代の日本は、世界に冠たる教育大国
庶民の就学率・識字率は世界一

終章 日本再生への道
パクス・トクガワーナのパラドックス
日本再生は、奪われた歴史を取り返すことからはじまる
人類文明史に燦然と輝く大東亜戦争
現代の日本は、ほとんど唯一の“衰退途上国”
財政法を改正し、再び経済大国を目指せ
人口減少・食糧自給率・エネルギー確保・安全保障
日米関係は「エントラップメント・アライアンス(罠にはめる同盟関係)」である
対米隷属関係の清算なしに日本再生はありえない
フランス人のトッド氏は日本に核武装を勧めている
日本には、自主防衛能力と独立した国家戦略が必要

 おわりに