[復刻版]中等歴史 東亜及び世界篇〈東洋史・西洋史〉

文部省 著 三浦 小太郎 解説 2022.02.11 発行
ISBN 978-4-8024-0133-3 C0021 A5並製 232ページ 定価 1870円(本体 1700円)


「解説」より一部抜粋

復刻版 中等歴史

本書の「序説」を読む限り、本書は、大東亜戦争下という状況が生み出した「皇国による東亜の解放と世界の平和建設」という歴史観に基づいて編纂された国定教科書としか思えないだろう。 ところが、本書本文に触れてみれば、読者はその文体も思想も、序説で求められている姿勢とは無縁、というより正反対の、東洋・西洋両史における、現代でも通用する公正で学問的な記述に満ちていることがわかる。この差異に、筆者は当時の国策と、それに追従しなかった教科書執筆者たちの良識を読み取る。

さらに本書の特徴は、その言葉自体は使われていないが「アジア史観」というべき視点が打ち出されていることである。実は「東洋史」という概念は、明治維新以後の日本で確立されたものだ。しかし、「東洋史」として、西洋史とは異なる地域の歴史をひとくくりに教科としてまとめるならば、そこにはアジア全域が含まれるべきであるのだが、実際に扱われていたのはほとんど中国を中心とする東アジアだけであり、南アジア、西アジア史は軽視されがちだった。しかし、本書は西欧史に対峙し、全アジアの歴史を東洋史として扱おうとする姿勢が明示されている。

後半の西洋史編は、いくつかの表現を変え、この時点では明らかではなかった事実や解釈を多少変更すれば、このまま現代の学校でも何ら問題なく使えるのではないか。

『中等歴史』は次の言葉で閉じられている。

欧米人の東亜に対する研究もまた、軽視することはできない。世界政策の実施に伴ない、かれらは、アジアの歴史や現状に対して絶大な関心をもち、その偉大な古代文化や現代の国情、特に資源に着目して、精密な調査・研究を進めた。われらは、深く欧米人の東亜研究の意図を警戒しなければならないのである。

この最後の文章は、欧米列強が優れた科学技術を持ち、アジアの資源を狙っていることへの警戒として書かれたものであるが、さらに言えば、欧米のアジア文化や歴史への関心は、これまでの暴力的な植民地化だけではなく、アジアの文化、歴史伝統を研究した上での、より巧みな支配体制を作り出すことを目指しているのではないかと警告しているのだ。大東亜戦争後の我が国が、その占領政策においてどのような精神的解体を強いられたかを思い起こすとき、この文章は不吉な予言のようにも響く。

『中等歴史』は、今こそ読み返されるべき本である。
戦時中、我が国の知識人も文部官僚も、理性と歴史への公正さを保っていた証拠として。また、大東亜戦争という状況下、おそらく日本の歴史教育の中で、「アジア史」という視点が最も広く認識された記録として。この二つの点は、現在の歴史教育においても生かされるべき点ではあるまいか。

そして最後に、大日本帝国の近代化の一つの達成、つまり戦時下であるにもかかわらず「敵国」である欧米の近代的価値観のプラス面には、敬意を払い、評価していたこと、差別主義や人種論に陥らなかった良識をも示す貴重な資料といえるだろう。


目次


序説 皇国と東亜及び世界
  皇国の尊厳
  国民科歴史学習の意義
  大東亜の地域と民族
  大東亜建設の使命

前 編

一 古代のアジア
(一)支那の黎明
  古帝王の伝説
  夏と殷
  周代
(二)周の文化
  支那の国がら
  周の制度と社会
  孔子と諸子百家
(三)古代インドと仏教
  仏教の成立
  アショカ王と仏教
(四)古代の西南アジア
  西南アジア
  エジプト
  バビロニア
  フェニキア
  ヘブライ
  アッシリアとペルシャ

二 アジア諸民族の交渉
(一)支那の統一と北辺・西域
  秦の統一
  前漢の発展
  王莽と後漢
  漢の学問
  漢代の社会
  北辺と西域
(二)北方民族の活動と南方各地
  三国・西晋時代
  東晋と江北の諸国
  南北朝時代
  宗教と文芸
  鮮満地方
  インドと東南アジア

三 アジア諸文化の興隆
(一)隋・唐と東・北アジア
  隋と高句麗
  唐の発展
  唐の盛衰
  突厥と西域
  渤海の興起
(二)唐の文化
  諸制度
  宗教と学芸
  唐代文化と東亜の共栄
(三)サラセン文化と南方文化
  サラセン帝国
  回教とサラセン文化
  南方諸国

四 アジア諸民族の活躍
(一)北方民族の進出
  五代と遼
  宋と遼
  金と南宋
(二)宋及び遼・金の文化
  宋代の学芸
  諸発明と社会・経済
  遼・金の文化と日宋関係
(三)蒙古民族の発展
  成吉思汗
  蒙古の発展
  世祖の事業
  元の領土
  元の衰亡
  交通の発達
  元代の文化
  社会・経済
(四)漢民族の復興
  明の興起
  明の盛衰
  明代の文化
  日明関係
(五)回教諸民族と南方諸国
  セルジュク王国
  チムール国
  オスマン帝国
  ムガール帝国
  インド支那半島
  マジャパヒト王国と回教

五 近世の東亜
(一)清の興起とその盛時
  清の興起
  清の隆盛
  清朝の政策
  清代の官制
  思想と風俗
  教育と文化
(二)欧米の東亜侵略
  侵略の先駆
  露国の東方侵略
  英国のインド経略
  インド支那半島
  米国の東亜侵略
(三)清の衰亡
  阿片戦争
  太平天国の乱
  英・仏・露の支那侵略
  同治中興
  清の衰亡
  大正以降の東亜

後 編

一 上古の欧洲
(一)ギリシャ
  エーゲ文明
  都市国家の成立
  ペルシャ戦役と覇者の隆替
  アレクサンドロス大王とヘレニズム
(二)ローマ
  ローマの興起
  共和制の末期
  帝政の盛時
  ローマの衰亡
(三)ギリシャ・ローマの文化
  ギリシャ文化
  ギリシャの思想
  ギリシャの文芸
  ヘレニズム時代
  ローマの文化
  ラテン語と文学
  古典文化
  キリスト教の起原と弘通

二 欧洲社会の成立
(一)ゲルマン民族の活動
  中世の意義
  ゲルマン民族の移動
  フランク王国の発展
  ノルマン人の活躍
(二)封建制度とキリスト教の勢力
  封建制度
  封建の社会
  キリスト教の勢力
  ローマ法王
  神聖ローマ帝国
(三)東欧の形勢
  東ローマ帝国
  スラブ民族の活動
  アジア民族の欧洲進出
(四)十字軍とその影響
  十字軍
  十字軍の結果
  都市の勃興
  法王権の失墜
(五)西欧に於ける王権の確立
  中世末の英国
  フランス王権の発達
  英・仏王権の確立
  ドイツの情勢
  スペインの統一
  近代国家の起原

三 欧洲の転換
(一)新航路の開拓
  東航と西航
  葡・西両国の発展
  新航路開拓の影響
(二)学芸復興
  学芸復興の意義
  古典の復興
  学術の振興
  芸術の発達
(三)宗教改革とその影響
  ルターの宗教改革
  新教の発展
  旧教の覚醒
  政教の紛争

四 近世諸国家の発達
(一)スペイン・オランダの興隆
  専制政治
(二)フランスの隆運
  フランスの台頭
  ルイ十四世の治世
(三)イギリスの発展
  エリザベス時代
  憲政の発達
  外交と植民
(四)アメリカ合衆国の独立
  独立の原因
  独立戦役
  建国の体制
  独立の影響
(五)ロシア・プロシアの勃興
  ロシアの勃興
  ドイツの国情
  フリードリヒ大王
  ロシアの発展

五 欧洲の革新
(一)啓蒙思想
  欧洲の革新
  啓蒙思想
  国民文学と革新文学
(二)フランス大革命
  革命の原因と発端
  王政の廃止
  ナポレオンの出現
(三)ナポレオン時代
  ナポレオンの帝政
  ナポレオンの失脚
  ウィーン条約
(四)産業革命
  産業革命の発端
  産業革命と英国
  産業革命の進展

六 欧米の世界政策
(一)欧米の情勢
  国民主義
  ナポレオン三世
  イタリアの統一
  ドイツの統一運動
  独仏戦役
  ドイツ帝国の成立
  アメリカ合衆国の膨脹
  南北戦争
  戦後の発展
(二)列強の世界政策
  世界政策の由来
  英米の野心
  勢力の均衡とその破綻
  文化の動向

年表

付図
  前漢とローマ
  世界諸民族の交渉・移動
  アジア諸文化の興隆
  アジア諸民族の活躍
  東西交通の拡大
  欧洲勢力の膨張


解説 「アジア視点」による公正な世界史 三浦小太郎(評論家)
  序説の皇国史観と本文との違い
  『アジア史概説』を生み出した『大東亜史概説』
  アジア史としての意識
  アジア諸民族の興隆と現状
  西欧近代の価値観への公正な評価






 

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