神武天皇実在論

林 房雄 箸 2020.06.05 発行
ISBN 978-4-8024-0097-8 C0021 四六並製 240ページ 定価 1650円(本体 1500円)


2000年以上続く世界最古の王朝の謎を探る。
今なお、色褪せない珠玉の歴史評論。
科学は全て真実ではない。3分の1の事実をもとに3分の2の仮説で成り立つ。
偽書として封殺された『富士古文書』や上記(うえつふみ)』なども駆使しながら、
なぜ日本に天皇という存在が生まれてきたのかを探る。
決して上か目線で言い切らず、数々の傍証を提示し、読者の熟考を促す。
始まったばかりの令和の御代。
天皇とは何か、日本人とは何か、を考える国民の必読の書である。


まえがき

神武天皇実在論

『古事記』も『日本書紀』も、西暦八世紀に編纂された新しい歴史の書である。これを狭義の神話としてあつかい、とくに神代の部を、作り話・虚構として一挙に否定してしまうことは一種の暴挙であり、きわめて非学問的な態度だと私は考える。それ以前に約十万年と言われる日本人の長い生活と文化があった。
すでに、『記紀』より数世紀前に、シナでは司馬遷の『史記』が書かれ、ギリシャではホーマーの『イリアッド』、『オデッセイ』が、ユダヤでは、『旧約聖書』が書かれていた。その他、今は消滅し去った、または未解読の古代諸民族の史書は二、三にとどまらぬ。
『史記』の三皇五帝や夏・殷・周王朝の実在を否定し、ホーマーの叙事詩や『旧約聖書』の記述を作り話として無視することは、十九世紀以来の世界的流行であったが、日本では、この否定的実証主義の流行は敗戦を機として一般化し、特殊な政治的潮流と手をにぎって、『古事記』も『日本書紀』も読むに値しない作り話として洗い流してしまった。
考古学書は読むが、『古事記』は読まぬ学生や知識階級が大量に生産された。彼らは『記紀』の神代編はもちろん、崇神天皇または応神天皇以前の天皇の存在は、考古学と戦後史学によって決定的に否定されたと無邪気に信じこんでいる。しかし、学問の道は遠く、そして深い。まだまだ、神武天皇をふくむ九代の天皇は実在しなかったとか、神武即崇神天皇説、天照大神即卑弥呼説、騎馬民族征服説などは、多くの仮説と推測の中の一つにすぎず、これを軽率に信じることは、自ら学問の扉を閉ざして、偏狭な政治的イデオロギーの囚人となることを意味する。
考古学は史学の敵ではない。ホーマーの叙事詩を信じることによって、トロイの遺跡が発見され、殷墟の発掘によって『史記』の真実性が逆証明され、『旧約聖書』の記述が考古学と手を結ぶことによって、多くの古代文明の実在を実証しつつあることは、人の知るとおりである。 くり返すが、『古事記』も『日本書紀』も歴史の書である。すべての民族の古代史が神々と切りはなせないのと同じく、日本古代史でも多くの神々が活躍する。日本の神々の人間くささは、ギリシャ神話や北欧神話以上とさえ言える。この意味で、日本古代史もまた神々の物語であると同時に、人間の歴史である。

神武天皇の実在は、目下のところ『記紀』の記述のほかには実証の根拠はない。陵墓は存在するが、果たして神武天皇陵であるかどうかは疑問視されている。しかし、神武非実在論者の列挙する否定資料にくらべれば、実在説の肯定資料のほうがより多いのである。考古学と史学の今後の発展とともに、肯定の資料はさらに増加するであろう。
本文の中でもことわってあるとおり、この本は専門外の一素人の冒険である。それを私にあえてさせたのは、戦後の祖国意識破壊の風潮、おのれの生まれし国を恥じる「病症」への憂いと怒りであった。しかし、けっして根拠のない思いつき論ではない。私にできるかぎりの勉強もし、また専門の学者諸氏の研究の成果を尊重することにも、心を用いたつもりである。だが、すでに老齢、私の体力と学力には限度がある。この学問的冒険の志を正しく理解して、あとを継ぐ若き学徒諸君の出現を切に望む。

昭和四十六年十一月二十日
林 房雄 

目次


まえがき
はじめに―――真の歴史と神話の復権
 縄文時代にはじまる天皇の系譜
 神武天皇は架空の存在か
第一章 古代における民族の移動
 古代アンデスへの探検旅行
 歴史も考古学も、民族と祖国への愛情によって支えられる
 日本人とインディオは兄弟
第二章 日本民族の起源
 日本民族は何者なのか
 戦後の日本民族論の傾向
 歴史と考古学を混同するな
第三章 『富士古文書』とその記録者徐福の使命
 謎を秘める『富士古文書』との出会い
 秦の始皇帝の雄図
 徐福の目標は中南米大陸なのか
 徐福神武天皇説
 富士高原における徐福一行
第四章 『富士古文書』の語るもの
 高天原(富士高原)天神七代の時代
 地神時代のアマテラスとスサノオ
 外敵来襲とニニギノミコト
 海幸山幸物語と九州遷都
 ウガヤ朝の重要事件
 神武天皇、ナガスネビコの乱を平定す
 天孫族は、いつ渡来したのか
第五章 『上記』の編纂史と古代文字
 古代の秘密を語る『上記』
 平田篤胤の古代文字存在論
 「神武」以前に、七十数代の天皇がいた
 古代文字の発生とインカの結縄
第六章 日本の古代を語る『上記』
 大分市に現存の『上記』原本
 『上記』の描く古代世界
第七章 両古文書の否定者は、だれか
 『上記』の意義
 『神皇紀』の反響
 「原典批判」の功罪
 なぜ、偽書説が発生したのか
第八章 「津田学派」に対する津田博士の反論
 戦後派史家たちの誤解
 誤解の一例としての神武天皇非実在論
 津田博士の怒りと反論
第九章 神武実在説の復活
 過去からのメッセージとしての歴史
 神武実在論者たちの主張
 神武紀元の合理的な推定
 一つの私見
第十章 天孫族と出雲族
 民族とは何か
 天孫民族も出雲民族も存在しなかった
 梅原猛氏の新研究
 梅原氏の大仮説
第十一章 古代の外寇と内乱
 『徐福記』の保存史
 両古文書と現代考古学
 オオクニヌシの国譲りと外寇
第十二章 神武東征
 ナガスネビコとニギハヤヒ
 「偽書」復活の必要
 神武東征は古代の大乱であった
 神武天皇の橿原即位
第十三章 縄文農耕論
 一つの仮説
 考古学的散歩旅行
 一つの逆推理
終章 天皇論
 田中忠雄教授の天皇肯定説
 道統の「嫡々相承」
 「白鳥の歌」
 天皇という大きな謎
 終わりの詩

参考文献
解説 宮崎正弘


 

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