冷たい豆満江を渡って

「帰国者」による「脱北」体験記

梁 葉津子 著 2021.05.13 発行
ISBN 978-4-8024-0117-3 C0095 四六並製 272ページ 定価 1650円(本体 1500円)

「帰国」から37年、北朝鮮の生活に耐えられなくなった著者は、極寒の
豆満江を渡る……。「ここで見たものをそのまましゃべってはいけない」
初めて明かされる脱北者の全貌! 戦後間もない日本。

プロローグ

冷たい豆満江を渡って 「帰国者」による「脱北」体験記

一九九七年四月十七日。意を決したわたしは、体の弱かった末の息子(三男)とともに、北朝鮮と中国の間を流れる豆満江を渡りました。
凍てつく冬が終わり、道端の草木も枯れ色の間から新たな命を芽吹かせ始め、わたしたちにも本来ならば、新たな希望が芽吹くはずの季節です。しかしその三年前、「英明なる指導者」金日成が死去してから、北朝鮮の食糧事情は悪化していました。
「指導者」が生きている間は、充分ではないにしても、なんとか生きていけるだけの配給を受けられていました。それが、死去してからは量が減りはじめ、ついには滞り、わたしの周囲でも餓死者が出るどころか、さらに陰惨な出来事が起こりました。
それを聞いてわたしは、自分の意志にかかわりなく北朝鮮に帰国してから三十七年目で「これ以上ここでは生きていけない」と、春もまだ浅い国境の川を渡る決心を固めたのです。
新緑が萌え、あたたかな風が吹き始めていたとはいえ、川を流れる水は文字どおり身を切るほどの冷たさでした。しかし、それに怖じ気づいていたのでは、わたしと、体の弱い三男の命は、もっと危ないことになってしまいます。
わたしはこの時の、川の水の冷たさを一生忘れません。
三男と力を合わせて、なんとか中国側の岸に上がることはできました。そうすると今度は、浅い春の空気が川の水よりも冷たく感じられ、歯の根も合わないほどの震えが体の奥から湧いてきました。
でもここで震えていては「わたしたちは脱北者です」と中国の警察官に自白していることと同じで、対岸の北朝鮮の警備員に見つかってしまうのも時間の問題です。とにかく先に進まなければなりません。
こうしてわたしたちの脱北は、始まりました。





目次

はじめに
プロローグ
第一章 望まぬ「帰国者」になって
逆らえなかった「帰国」
不安に満たされた帰国船
見知らぬ祖国への「帰国」
祖国に裏切られた父
それでも祖国の未来を信じる人
国境の町に送られて
北朝鮮の高校生活
帰国者と結婚して
北朝鮮での出産と子育て
労働と子育ての日々
日本からのお客様
兄への懇願
第二章 初めての脱北
保衛部からかけられた嫌疑
金日成の死で始まった変化
冷たい川を渡って
川のむこうの北朝鮮
朝鮮族に匿われて
電話がかけられない
三男とのわかれ
やっとつながった電話
安心と不安の日々
ささやかな生活の変化
第三章 長女の家で待っていたもの
国境の村を離れて
北朝鮮に残した家族の変化
脱北した長女をさがして
三男との新しい生活
やっとできた身分証明書
長女の家での異変
第四章 脱北者拘置所での日々
収容者同士の理不尽な掟
取り調べと牢屋の「掟」
変わり果てた三男
幽閉された日々
子どもたちとの再会
判決の日
追い詰められた女性の話
第五章 追放された山奥の村で
釈放を待つ日々
妹の待つ街へ
僻地での再出発
ないない尽くしの生活
置き去りにした孫を
不吉な予言
突然やってきた姪
初めての吉州の冬
山奥での誕生日の思い出
三男の決心
一人暮らしの日々
第六章 吉州からの脱出
気さくな元エリート
カエルの奇跡
思い出のチマチョゴリ
「行きなさい」
三男の失踪
突然帰ってきた三男
追放の地からの脱出
ふたたび国境へ
凍結した川を渡って
第七章 中国で待っていたもの
国境の町から牡丹江へ
三男のあたらしい彼女
脱北の糸口
突然の逮捕
拘置所への移送
密告者の正体
取調官の驚き
第八章 図們の拘置所で
獄中での闘病
拘置所で見た地獄
突然の報せ
独房から雑居房へ
拘置所でできた友だち
いがみあう脱北者
片付けられた雑居房
運命に翻弄された女性たち
意外な人の消息
吉州を思い出して
本当の社会主義
第九章 日本への長い道
拘置所で新年を迎えても
お金を渡す女性たち
ショッキングな言葉
失望と屈辱
三男の中国逃亡談
日本に帰る日
初めての飛行機なのに
帰国の感動と兄との再会
あらたな苦労と希望
おわりに

《解説》北朝鮮帰還事業は「北送」事業だった 三浦小太郎

 

お勧めの書籍