
ウイグルの漫画作品を描く中で、中国が自治区の民族を集団で強制連行して工場で働かせていることを知りました。奴隷労働です。中国で作られる商品の安さの秘密がここにあります。各国の要人は中国に行くとビジネスの話を持ちかけられ、その時に労働力の提示もされるそうです。そのような倫理観を逸脱した中国からの安い輸入品の波に押されて、日本製品が淘汰されていったという現実から、私は国産品や国内製造業のことについても考えるようになりました。
身の回りのものは何もかもが国産、日本製が当たり前だった時代を知っています。日本は知恵を働かせ、技術を開発して優れた製品を生産する技術立国、ものづくりの国だと思っていましたし、世界が日本製品の確かさに向けるまなざしに誇りを感じていました。
しかし、この数十年で多くの製造業が潰れ、外資に買われ、ふるさとの工場は海外に移転していきました。気付けば、PCはじめ家電製品や身の回りの細かい製品も、ほとんどが主に中国製になってしまっています。あえて求めなければ、いや求めても既に純日本製は手に入らない状態なんだと認識する度に哀しく思っていました。
「そんなもの外国に作らせときゃいい」「食料やモノは輸入すればいいんですよ」肩書きの立派な方たちがこんな風に言っているのをよく耳にしたものです。〝暮らしに使うものほとんどを他国に依存する〟これが本当に国として正しい姿なのでしょうか。私は恐ろしいことだと感じました。時代の流れという一言ではかたづけられない、日本人は大きな失敗の道を歩んでいるような気がしていたのです。
そんな時、とある本を目にしました。若くして亡くなった俳優さんが手がけた「日本製」という分厚い書籍です。五年かけて日本全国を取材し、日本製のよさを紹介しています。芸能界にそんな方がいたという驚きとともに、「こういうことが今必要なんだ」といたく感銘を受けた矢先、産経新聞社の月刊正論編集部から連載のお声かけをいただいたのです。とっさにこの『日本製』のようなことができないだろうかと編集部に打診した結果、令和3年(2021年)春、「『日本製』を求めて。」の連載が始まりました。
実は、決まった時点で最初の締め切りまでわずか10日。考える間もなく旅に出ました。環境的にかなり無茶があったと思いますが、「隠れた日本製の良さを伝えて、少しでも〝ものづくり日本〟を復活させる一助になりたい」その一念でした。
取材を申し入れた企業は、製品を自分がもとから愛用しているものだったり、購入して使ってみて確かめたものが中心です。伝統工芸などにも幅を広げ、信頼できる方からのご紹介もありました。
連載は約三年続き、結果的に描きおろしを含めて36の『日本製』をカラーであらわすことができました。その企業様のものづくりに対する姿勢や、製品の良さをありのままに伝えられるように心がけたつもりです。
新潟の五泉市というニットの産地は、国内でもっと知名度が上がってほしいと願って回を重ねました。
壱岐に関しては、一篇だけ特異な地域紹介になりました。壱岐には月読神社の元社があり、ここから伊勢神宮に分霊されていること。神功皇后ゆかりの地であることは、調べてから初めて知りました。祖父の故郷でもあります。
ほとんどを直接取材することができ、普段あまり外出しない生活をしていた私にとっては、今でも信じられない感じがします。
どの会社も共通していたのは、どうしたらお客さんに喜んでもらえるか、いかに質の高いものができるか、社会に貢献できるかを考えていらっしゃるということ。
何より多くの業界、経営者の方が、安い外国製品に押されて苦しみ、国産でものを作る意味や付加価値を考え、なんとか生き残りの道を模索していました。
お話をうかがう中で、多くの問題が横たわっていました。外国に工場を建てることが条件のものづくり補助金とは何なのでしょうか。それでは日本製ではなくなってしまいます。事業用電気料金の高騰で、廃業に追い込まれる製造業もあったと聞きました。
もうひとつは〝なんちゃって日本製〟の問題です。日本人全体の意識が高まり、産地がどこであるかを気にする消費者が増え、せっかく日本製を選んでも、国の日本製の基準が曖昧なため、なんちゃって日本製が跋扈して、質の高い本物の日本製を追いやっている現実もあるのです。海外で製品のほとんどを作り、最終縫製工程のタグ付けなどを日本ですれば、それは日本製となって流通してしまう。消費者には見分けがつきません。擬態した日本製に、本物の日本製、日本企業がどれだけ駆逐されてきたのでしょうか。
取材時、特に印象に残った言葉があります。「ストーリーを購入してほしくはない。日本製だからではなく、海外製品と棚で並んで勝負して、品質で勝ちたい」
これは、どの会社にも共通した意識だと思いました。皆さん、ここを目指しているんだと。だからむやみに日本製を宣伝しすぎることはない。それこそ、本当にいいものを作っているという自信がないと出てこない言葉だと思います。
私は海外製品の不買運動に声高に賛同はするつもりはありません。今持ってる海外製品も良いものなら、大事に使ってほしい。
しかし、次回買い物する時に、どうか考えてみてください。店頭に並んだ同じような商品があったとして、普通は一円でも安い方を手に取りがちです。もちろん自分に合ったものを買えばいいのですが、もしどちらでもよく、安さに釣られて購入しようとしているなら、裏を見て、生産国を確認してほしい。
買い物とは投票なのです。選ばれなかったものは、棚から去るのみ。一旦潰れた企業や技術は蘇ることはできません。そして日本企業が完全に淘汰された後、必ず安かったはずの商品の値段はとても高くなります。
日本製、国産品購入の利益は、いわば私たちのお父さんやお兄さん、お母さん、息子や娘のお給料であり、故郷を支えます。それが、子供たちの未来を作るからです。輸出入で得られる利益もありますが、それに頼りすぎてはいけないと思います。
連載を始めた当時から5年。今は、更に進んでしまい、日本国籍企業でも経営者は中国人、労働者は日本人というケースが目立ちます。外国人が日本で工場を作り、正確な仕事をし、よく働き気配りのできる事故のない日本人労働者を安く使うという局面になってしまいました。
〝なんちゃって日本製〟の進化形態です。近年、体力のなくなりつつある日本の製造業を、間に日本人を挟み外資が買い取るという動きも加速しています。
日本製を守るということは、経済だけでなく、広い意味で国を守る、日本人の暮らしを守る、安全保障に繋がるというのはご存知の通りです。
技術立国日本の名を、遠い過去の遺産にしてはならない。日本人は基本、ヲタク民族なんです。加工、手元の作業、研究、極めることに向いています。日本人ほど技術開発、ものづくりに向いている民族はいないのではないかと思います。
そんな日本人がつくる日本独自の製品を、世界は求めているのではないでしょうか。本来の日本製の良さとは、購入して10年使ってみて分かるというような、芯の強い堅牢な技術力と「使う人のためを思ってものを作る」というまごころによってつくられたものです。これからもどうか、そんなものづくりができる環境が守られることを心から願っています。
日本人はどんな場所にも道を作る民族です。日本からものづくりを奪ったら、それは日本ではなくなってしまう。そう痛感した三年間でした。






